アメリカの公開テレビ討論では、 質問者が候補者に直接質問し、回答時間を制限し、必要なら追加質問で追及したりします。日本でよく見られるのは、 司会者が各党の代表に順番に質問し、それぞれの政策や立場を説明してもらうのです。日本でも厳しい質問はありますが、質問者が回答を遮ってまで追及したり、短い時間で具体的な結論を迫ったりする形式はとられません。
このようなアメリカのテレビ討論の形式は、日本の放送における「政治的公平性」が影響している感があります。その重要な要因の一つは、日本の放送法が放送事業者に政治的公平性を求めていることです。日本のテレビ局は、選挙報道で特定の政党や候補者を不当に有利に扱ったと受け取られないように、各党の発言時間や取り扱いのバランスに注意を払います。その結果、番組を制作する側が、次のようなことを慎重に考える傾向があります。つまり、特定の候補者だけを厳しく追及していると思われないかとか、ある候補者の回答を遮ることが公平性を欠くと受け取られないか、さらにすべての政党に同じような発言機会を確保できるかに注意を払うのです。
とわいえ放送法が候補者への厳しい質問を禁止しているわけではありません。 公平性をどう実現するかについて、テレビ局が慎重になることに課題があります。また、アメリカのテレビ局も公平性や偏向をめぐる批判にさらされています。アメリカでは厳しい討論ができ、日本では法律上できない、という単純な違いではないのです。放送法は、表現の自由の確保を謳い 放送の不偏不党、真実、自律を保障するが故に、候補者が自由で闊達な主張をすることを間接的に制限しているきらいがあります。そのため討論が深まらず平板になるようです。
これまで指摘してきたように、アメリカの中間選挙では、連邦下院議員や上院議員、州知事、教育長など、さまざまな公職が選挙の対象になります。候補者個人の知名度や政策、説明能力が有権者の判断に影響します。他方、日本の衆議院選挙では、小選挙区と比例代表が併用されています。候補者個人だけでなく、政党の支持率、党首への評価、政権への評価なども大きな意味を持ちます。そのため、選挙報道でも候補者個人に政策の詳細を問い続ける形式より、党首の発言や政党間の対立、選挙情勢の分析が目立ちます。これは討論の形式の傾向であって、選挙制度だけでテレビ討論の形式が決まるわけではありません。


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